沖縄の海に潜る

 

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ダイビング・ライセンス取得へ

与那国島の海底遺跡を探索するには、ダイビング・ライセンスを取らねばならない。

万座ビーチでライセンスを取ろうと、ペルーへ出発する前、事務所の面々と沖縄に出かけた。事務所のタレント「さかなくん」は名前の通り、魚については学者並みの知識を持っているだけでなく、ダイビングもお手の物だ。

ホテルに入る早々から机上の学習が始まった。夜までに詰め込み式の学習を無事終え、翌日からさっそく実地教育の始まりだ。泳ぎは得意なので、海に潜るのは怖くはないが、海中でのトラブルを想定しての訓練は、いささかしんどい。

エアー切れの練習や水中でのマスク脱着、スノーケルやレギュレーターの交換・・・・・インストラクターのレッスンにしばらくはついていくのが精一杯。

訓練の合間に熱帯魚と遊泳するのは素晴らしい。不思議なもので魚を追いかけているときは何の不安もないのだが、深く潜って近くにインストラクターがいないのがわかると突然恐怖心が出てくる。

一通りのレッスンを終え、三日目は船で洋上に出て体験学習だ。午後はロープを降ろして20メートルまで潜る。途中、耳の痛みがひどくなり、少し潜っては息抜き、また潜っては生き抜きを繰り返しながら、ドリームホールの海底へ。

海底での訓練は真剣だ。ナビゲーターで進行方位を測ったあと移動し、元の地点に戻る訓練。陸上では何のこともないのだが、海中だとなかなか大変だ。マスクの脱着やレギュレーターの交換も浅い海とちがってここまで潜ると恐怖心が出てくる。

最終試験をパスしたあと、お楽しみの海中散歩だ。水槽でしか見たことのない色とりどりの熱帯魚が目の前を泳いでいく。野鳥の撮影も楽しいが、また一つ新しい楽しみが増えそうだ。

木村教授を訪ねる

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今から20年ほど前、与那国島で一番経験豊富なダイバー、新嵩喜八郎氏によって海底遺跡と思われる不思議な石造建造物が発見された。

それは、深度27メートルの海底に横たわる長さが200メートルの基盤を持つ階段式の石造建造物で、頂上部は海面からわずか6メートルの高さまでそびえている。

この建造物については、人工的な建造物とする考えと、自然のものとする相反する二つの意見がある。人工的遺跡であると主張する代表的科学者が、琉球大学の木村教授である。



与那国島の海底遺跡

(写真は『天の鏡』より)


ダイビングのテストを終え、那覇に戻った私は、琉球大学の研究室に木村政昭教授を訪ねた。

与那国島や沖縄の海底遺跡探索の第一人者である木村教授から、沖縄の海に沈む構造物が人工的な遺跡であるとするお考えの根拠を幾つかお聞きすることが出来た。

何年もかけて何百回もダイブし、徹底的に研究した成果を基に語られる教授の話には抜群の説得力があった。その詳細については、後日報告する機会があろうかと考えている。

しばし、古代文明に話の花が咲いた。拙著『謎多き惑星地球』と『恐竜と共に滅びた文明』をお読み頂いた教授から、「なかなか興味深かったですよと、それにしても、古代史の定説に真っ向から対立する内容だけに、書き上げるのに苦労したでしょう」と、ねぎらいの言葉を頂いた。

木村教授は第1級の研究者にしては、希(まれ)にみる心の広いお方だと拝察した。

今年は時間を作って、是非、海底遺跡を自分の目で確かめたいものである。

 

木村教授は「新潟中越地震」を予知していた!!

先の「中越地震」に話が及んだ。木村教授は火山、地震研究の分野でも第一人者である。

火山と地震との相関関係から地震発生の時期を予知する木村教授が、阪神大震災・台湾地震を正確に予知しておられたことを知っていた私は、先の「中越地震」の予知について、教授から直接お聞きしたお話しに、再び強い衝撃を受けるところとなった。

教授は5年ほど前から新潟方面の大型地震について警告を発しており、その根拠と発生時期について『これから注意すべき地震噴火』(青春出版社刊)の中で、次のように述べている。

「これから起こりうる地震を個別で見ていくなら、新潟内陸空白域の場合、単純計算では1998年前後と出た。これは、1970年代の新潟焼山、草津白根山の噴火、80年代の浅間山の噴火から時空ダイアグラム で予想したものだ。しかし、すでに予想の1998年を過ぎていることを考えれば、今回のシリーズでは来ないのか?」

教授が「新潟内陸空白域」と呼ぶ場所は、まさに今回の巨大地震発生の新潟の「中越地方」である。しかしながら、この著書を出版した2000年11月の時点では地震の発生は起きていなかった。そこで、教授は何らかの事情で地震発生の要因が消滅してしまったのだろうか、と述べているわけである。

ところが、お話しをしている中で、教授は驚くべきことを口にした。実は、最近の「地殻のひずみ」の研究の結果、たまった「ひずみ」が太平洋側から日本海側まで達するのには、4年前後の年数がかかることがわかったというのだ。

この4年前後の時差を取り入れるなら、新潟地震の発生時期は2002年〜2004年ということになる。誰一人として中越地震の発生を予知した学者がいなかった地震学会の中で、唯一その危険性を予見し警鐘を発した木村教授は、その時期まで見事に的中させていたのである。

驚いた私は、「教授、それではそれがわかった段階で、なぜ地震予知会に報告しようとなさならかったのですか? そうしていれば新潟県としても対応の仕方が変わっていたかもしれませんのに!」と尋ねてみた。

教授の返答は、またしても私を驚かすところとなった。「勿論、そうしましたよ。しかし、いくら話しても地震予知会では私の考えや研究成果を取り上げようとはしなかったのです」。

予知連絡会のメンバーは、国内に地震研究所を持った超一流大学関係者で占められていることはご承知の通りである。彼らからすると、メンバー以外の田舎大学の教授の意見など問題外だということだったのだろうか?!

それにしても、許し難い彼らの行為である。震災で命を失われた40名のご家族がこの事実を知ったら、どう思うだろうか。肝心なマスコミも、権威におもねるためか、こういった真相を記事にすることはない。

私が教授とのやり取りの一部を明らかにしようと決断したのは、昨今、学者の世界にはびこるこの種の「教条主義」や「権威主義」がいかにひどいものかを、読者の皆さんに知って頂きたく思ったからである。それはまた、私の探索している先史文明の研究にも当てはまることなのだ。

どうぞ皆さんもこうしたアカデミックの世界の実体を心にとどめておいて頂きたい。

もしも、私の聞き違いや言葉足らずから教授にご迷惑が及ぶことがあったとしたら、その責任は一切私に帰することを申し添えておく。

 

 

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全日空・万座ビーチ
ホテルからの展望 @

 

A

沖合へ

後方三人の中央が
タレントの「さかな君」

 

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カクレクマノミ


 
ハリセンボン 
(沖縄名 アバサー)

アカテンモチノウオ

 

                                撮影協力:伊藤勇人氏、比企啓之氏、インターネット

                     
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