「カブレラ・ストーン」
 放映の衝撃


2004年8月に放映されたフジテレビ「奇跡体験・アンビリバボー」の反響は凄まじかった。

平均視聴率は14.2パーセント、20パーセント近くまであがった後半は他局からの切り替えを物語っていた。当日はオリンピックの中継、プロ野球の首位攻防戦、音楽特番と重なったことを考えるとこの数字は上出来であったと言えそうだ。

テレビの放送直後、9時過ぎから私のホームページの来客数を告げるカウンターは一気に回転数をあげ始めた。深夜2時半過ぎまでその動きはつづき、一晩の来客数はおよそ3万人、1秒に1件を上回った。

その後のメールの数も凄く、約2000通。出来る限り質問等には答えるようにしたため、およそ1ヶ月間はメールにかかりきりの毎日となってしまった。

日本全国にこれだけの大反響を巻き起こした「カブレラ・ストーン」の線刻年代をより明確にすることは、私の急務であった。

そのためには、ペルー再訪を急がねばならない。しかしラジオや講演が重なり、なかなか時間がとれない。セサル・ラトーレ氏を伴い再訪が叶ったのが11月末。ようやく2週間の探索の旅がスタートすることとなった。

前回のテレビ取材の訪問から5ヶ月。乗り継ぎの大幅な遅れで、リマへ到着したのが夜半と言うより明け方近い早朝4時。およそ24時間の長旅となった。いつものことながら直行便のないのが恨めしく思われる。

仮眠をとる間もなくホテルへ訪ねてきたエウヘニアやリカルド、モニカたちと合流し、レンタルした車で「カブレラ・ストーン」の所在地イカ(ICA)に向かう。同日夜半、年代鑑定をしてもらうために3日間時間をあけて頂いたカルロス・カノ教授がクスコから8時間のバス旅で到着。いよいよ明日から「カブレラ・ストーン」の製造年代の調査が始まる。

第1回は「ワロ遺跡」からスタート。

 

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