Guatemaraティカル遺跡

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マヤ最古の遺跡「ワシャクトン」へ

コスタリカからグアテマラに入った我々は、「ティカル遺跡」と「ワシャクトン遺跡」を探索するため、翌朝6時の便で、首都グアテマラシティーから国内線でフローレスへと飛んだ。

シティーからおよそ300キロ北、マヤ地方のほぼ中心に位置するティカル遺跡は、フローレス空港からは車で1時間半、そしてワシャクトン遺跡はさら2時間の距離である。

我々はティカル遺跡を素通りして、先ずワシャクトン遺跡を先に訪れることにした。ティカルまで舗装された道を快調に走っていた車は、ティカルを過ぎるあたりから突然激しい揺れを感じるようになった。よくみると、道路は舗装されておらず、でこぼこ道が続いていた。

当初ティカルからワシャクトンまでの距離を地図上で測ると、およそ24キロメートルほどであった。そこで、私は車で20分もかからずに行けるものと思っていたところ、現地の旅行業者に訪ねると、1時間半はかかりますよ。それも「4駆」でないと無理でしょうとの返事を頂いた。

来てみてはじめて分かったことは、ティカルのような1級の遺跡までは、舗装された幅広いハイウエイが走っているものの、それ以外の観光客のまばらな遺跡への道は、未だ整備が行き届いておらず、未舗装の悪路が多いということであった。

運転手に聞いてみると、ワシャクトンまでの道はまだいい方で、この先70キロほど北に位置する
エル・ミラドール遺跡へは、馬で丸1日はかかりますとのことであった。

遺跡に着いた我々が一番に驚いたのは、観光客がまばらというより、皆無に近いということであった。遺跡としてはマヤ文明の最古の遺跡として貴重な遺跡の一つであるはずの「ワシャクトン遺跡」も、巨大なピラミッドや高い尖塔を持った神殿などのインパクトの強い建造物が残されていない先古典期(紀元前2000年〜紀元前300年)の遺跡には観光客の目が向かいないということだろうか。

ワシャクトン遺跡

大半が未発掘のこの遺跡はおそらくその規模において、これから訪ねるティカルをしのぎ、しかもそれより1000年も古い紀元を誇っている。その最古の部分は紀元前2000年頃のものといわれている。

この遺跡を訪ねた大きな理由は、立教大学の実松教授が『聖なる時間の書』の中で、述べている巨石を自分の目で確かめたかったからである。なぜなら、巨石建造物の存在はマヤ文明と私の探求する超古代文明との関わりを示すものであったからである。

このあたりのところを、私は拙著『謎多き惑星地球』で次のように述べている。(ゴシック体は『聖なる時間の書』からの引用である)

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1999年2月中旬、私はティカールのさらに北にあるワシャクトゥンの遺跡を訪ねた。

・・・・(大半が未発掘のこの遺跡で)半ば地中に埋まっている不思議な巨石を見つけた。長さが10メートル近くある長方形をしていて、おそらく150トン近くはあるだろう。片一方の面が何か鋭利なもので手のような形に切り込まれている。またもう片方の上方には小さな円がえぐられている。非常に古いもののようで、その横のピラミッドとは明らかに時代が違うようだ。それはあたかも忘れ去られた過去の象徴でもあるかのように横たわっていた。

 実松氏が見つけた150トンを越す巨石もまた、紀元前2000年より古い時代のものであることは間違いない。というのは、これまで発掘されたその時代以降の遺跡からは、そのような巨石は一切発見されていないからである。現に、実松氏自身が、ワシャクトゥン時代(これも起源は紀元前2千数百年までさかのぼる)に建てられたピラミッドとは、明らかに時代が違うようだと述べている。

 それどころか、「巨石の切り方はボリビアのティアワナコの遺跡のそれによく似ているような気がした」と語っている点を考えると、この巨石を用いた遺構もまた、驚くほど古いものであることは間違いなさそうである。というのは、読者はすでにご承知のように、ティアワナコにあるカラササヤ遺跡はボスナンスキー教授らによって、紀元前1万1000年頃から前1万5000年頃の遺構であることが明らかにされているからである。

 実松氏はさらに続ける。

「これは一体何なのだ? ストーンヘンジのようなものだろうか?」この巨石を見た時私は思わず声を上げて自問自答した。マヤの遺跡でこうしたものを見るのは非常に珍しい。マヤ文明は巨石を使用しなかったというのが通説なのである。これはある意味で正しく、実際古典期マヤのピラミッドはほとんど全てが比較的小さな石を整然と積み重ねて作られている。だがこうした例外も存在するのである

 どうやら、グアテマラとその周辺の未発掘の遺跡の調査が本格的に進められれば、驚くべき遺構は他の遺跡からも発見されそうである。

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遺跡に着いた我々は、問題のこの巨石見つけようと、遺跡の中を探し歩いたが、見つからなかった。ガイドによると、近くの村に遺跡のことをよく知っている考古学者がいるという。そこで、村まで下りて、その考古学者を訪ねようとしたところ、あいにく当日がグアテマラの独立記念日であったために留守で、巨石のありかを聞き出すことが出来なかった。

再度遺跡に戻った我々は再び、ここはと思うエリアを探したが、それと思われる巨石をとうとう見つけ出すことができなかった。特別な発掘物ならいざ知らず、一つの巨石にわざわざ立て札を立てておくこともないだろうから、広い遺跡の中から当て推量で探し出すことは、土台無理であったようだ。

残念ながら時間の関係もあったので、後ろ髪を引かれる思いで、ティカルへと戻ることにした。

 

マヤ最大の神殿都市「ティカル」

再びティカルに戻ると、そこはマヤ最大の神殿都市遺跡だけあって、ワシャクトンとは比べものにならないほどの観光客で賑わっていた。遺跡の入り口付近には、出土した石碑や副葬品などを集めた博物館、幾つかのホテルと併設のレストラン、それにバック・パッカー(リュックサック一つで旅行する人々)向けのキャンプ場なども用意されている。

およそ2キロ四方に広がる遺跡は鬱蒼(うっそう)としたジャングルの中に散在しており、くまなく見てまわるには、丸1日かかりそうだ。フローレス発6時半の飛行機を予約してある我々は、主だったポイントを急ぎ足でみて歩くことにした。

遺跡の中をしばらく歩くと、所々で、20メートルを超すジャングルの樹木の上にそびえ立つ神殿郡が顔を見せる。ティカルの神殿は、あたかも、人が天上世界に少しでも近づこうとする神々への階段のように、急勾配のピラミッドの上に建っている。

「グランプラザ」と呼ばれる広場の東西に向かい合う有名な1号神殿とU号神殿は、観光客が転落死するという事故があったために、登頂が禁止されていた。しかし、W号神殿には登ることができる。

W号神殿は基壇だけで65メートルあり、メソアメリカで最も高い神殿ピラミッドといわれている。実際には、基壇だけで65メートルもあるテオティワカンの太陽のピラミッドのほうが、その上部にあったとされる神殿が残っていればそれを上回っている。

しかし、太陽のピラミッドは基壇の底辺が広いため、頂上に至る階段の勾配が比較的緩やかである。ティカルの神殿ピラミッド群はそれとはまったく逆に、あたかも人が登るのをあらかじめ拒否しているかのように、垂直に近い急勾配がつけられている。

この急勾配の4号神殿ピラミッドを一気に登るには相当骨が折れる。しかし、気合いを入れて登り切った我々の前に広がる展望は、その労苦に十二分に報いるものであった!

辺り一面に拡がるジャングルの樹海。その先にV号神殿、またその先に1号、2号神殿の尖塔が浮かび上がっている。それらはまさにジャングルの摩天楼だ!

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ジャングルの海に浮かぶ「ティカル遺跡」の神殿ピラミッド郡

(クリックすると拡大写真が見られます)

ティカル遺跡の歴史

ティカルの起源は紀元前1200年頃とされている。その後、紀元前200年頃から後900頃にかけて、ペテン地方一帯のマヤの都市を統治下におく大祭祀センターとして栄え、人口は少ないときでも1万人を越える大都市だったようだ。

特にテオティワカンが衰退した後の8世紀には、最盛期を迎え、現在も残っている5基の大神殿ピラミッドもすべてこの時期に建てられている。

しかし、栄華を誇ったティカルも10世紀にはいると、他のマヤ都市と同様に、急激に衰退しはじめた。人々は都市を捨て去り、何処となく去ってしまい、廃墟となった大祭祀センターの神殿郡は鬱蒼と茂る熱帯雨林に覆われ、緑の海に埋没していった。

突然の衰退の理由については、疫病蔓延説や人口の急激な増加に伴う生態系の破壊説、外敵の侵入説などさまざまな説があるが、いまだ確立した定説はない。私は、文明は一定の周期で栄枯盛衰を繰り返すものと考える、マヤ独自の『末世観」が、彼らをして栄華を誇った都市を躊躇なく捨て去る原動力となったのではないかと考えている。

その後、ジャングルの中に埋没し、人々の記憶からすっかり忘れ去られてしまったティカルが発見されたのは、800年間の1696年、フローレスに住むスペイン人の宣教師一行が現地の住民イツァー族から追われて逃げる途中、偶然、密林の中の都市に遭遇したことがきっかけであった。

 

 

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フローレス空港

グアテマラシティーと
フローレスを飛ぶ小型旅客機

 

眼下の熱帯雨林

眼下に広がるグアテマラ中部の熱帯雨林には、謎を秘めたマヤ文明の
遺跡が眠っている。

メキシコ、グアテマラ、ベリーズ一帯に散在するマヤ遺跡は、未だわずか5パーセントしか発掘されていないといわれている。

 

ワシャクトン遺跡 @

ワシャクトンを有名にしたE−7ピラミッド。

このピラミッドは紀元前後の建造物で、7世紀頃のピラミッドの下から発掘された。

高さ8メートルの頂上には四方の階段から登ることができる。

 


ワシャクトン遺跡 A

Eー7ピラミッドから東側を見ると、3つの神殿が建っており、太陽の昇る位置に合わせて建てられている。

すなわち、ピラミッドから眺めると、春分・秋分の日は中央の神殿の真ん中から、夏至の日には、向かって左側(北)の神殿の北の端から、冬至の日には右の神殿の南端から陽が昇るようになっている。

 

 

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ワシャクトン遺跡 B

Aグループ遺跡にある、王族の居住用建造物

 

 

 

ティカル遺跡

W号神殿ピラミッド

西の端に、遺跡一番の高さを誇る、高さ70メートルのW号神殿がそびえている。

コロンブス以前のアメリカ大陸で、ティオティワカンの「太陽のピラミッド」(75メートル)に次ぐ高い建造物である。

東に面した階段は、樹木に覆われ使えないが、北側に作られた木製の階段を上がることができる。

 

W号神殿ピラミッド

数十メートルもある熱帯雨林の樹木を突き抜けてそびえ立つピラミッド神殿は、まさにジャングルの摩天楼だ!

巨大な飾り屋根を支える神殿の壁の厚さは、何と12メートルもある。

 

樹海に浮かぶ神殿郡

4号神殿から眺める景色は圧巻だ。60数メートルの階段を登ってきただけの甲斐がある。

東側前方には、樹海を突き抜けてそびえ立つV号神殿(右側)やT,U号神殿が見える。

 

 

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ノース・アクロポリス

遺跡のほぼ中心部に、有名なT、U号神殿が立つ「グラン・プラサ」と呼ばれる広場がある。

広場南側の「セントラル・アクロポリス」の高台から北の「ノース・アクロポリス」を望む。

T号神殿ピラミッド
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紀元後682年か〜733年まで在位した「ア・カカウ王」の墓を内包した9層からなる「神殿ピラミッド」

高さ51メートルは5基の神殿の中で4番目。

しかし、建物全体の美しさは神殿内随一だ!

T号神殿ピラミッド A
 

上部にある神殿は3つの部屋に分かれ、中央の部屋には、王座に腰掛けるア・カカウ王の姿が浮き彫りにされていた。

 

 

 

 

U号神殿ピラミッド @

「グランプラザ」を挟んで、T号神殿と対座するU号神殿ピラミッドは3層からなり、高さは38メートル。

 

U号神殿からは墓は見つかっていない。ピラミッド上部の神殿は、1号神殿と同様3つの部屋に分かれ、ア・カカウ王の妻と思われる女性の彫刻が施されている。