利尻・礼文島への旅 A

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ニシン大漁の名残り「花田番屋」

 


 
 


ニシン漁で賑わった鬼鹿港と番屋(番屋の売店に掲げられていた絵図)「クリック」で拡大

 

 

増毛(ましげ)〜留萌(るもい)を抜けて海岸沿いの鬼鹿(おにしか)町に立ち寄る。海岸にはアーチがかかり、その横には小柄の人物の像が建っている。この地にゆかりのある人物だろうか? 近づいて像の説明書きを読んでみると、松浦武四郎と呼ばれる翁(おきな)で、彼は北海道の名付け親であった。

翁は文政元年(1818年)に松浦家の4子として伊勢国須川村(現三重県三雲町)に生まれ、27歳の春、蝦夷地探検を発起し6度にわたり蝦夷地をアイヌの人々と共に踏査その詳細な地図や絵図を残している。まさにこの蝦夷地を、本島に住む我々に知らしめた偉人であったのだ

道を挟んで海岸の反対側にあるのが花田番屋である。明治30年ごろから昭和の29年ぐらいまで、半世紀以上にわたって小樽から留萌辺りまでの日本海沿岸ではニシンの大漁が続き、沿岸の漁港が賑わったことは有名であるが、鹿町その一つでニシン漁で栄えた港の一つであった。

小樽に行くと「ニシン御殿」と呼ばれる当時の船主の豪華な屋敷が残されている。鬼鹿町の花田番屋は御殿ではなく「船主」と「ヤン衆」と呼ばれる漁師の宿泊施設であった。その番屋が現在も記念建造物として残されており、建物の外観は掲載した写真の通りである。

中に入ると、先ずその広大な広さに驚かされる。中央入り口の大きな土間で左右に分かれ、左側(北側)には船主の居住空間があり、立派な床の間付きの部屋や仏壇の置かれた部屋がある。右側はヤン衆が寝泊まりする 大広間である。そこにはつの大きな囲炉裏(いろり)があり、それを取り囲んで ヤン衆たちは輪になって食事を執ったり寝泊まりをしていたようである。

その空間の周囲三方を2段作りの高台「上の段」「中の段」がヒナ壇状に取り囲み、食事をとる大広間(「下の段」)と併せて全ての空間が就寝の場となっていた。なにしろ最盛期には200人近いヤン衆が寝泊まりしていたというから、 こうした構造が必要だったのであろう。それにしても、この大空間はさぞかしにぎやかで、男の熱気がむんむんする部屋だったに違いない。

ヤン衆たちは本土からやって来て4月から6月頃までのたった3ヶ月間で1年分の年収を稼いでいた。それだけに早朝から夜遅くまで休む間もなく働き、夜 も投網の期間中は船上で寝泊まりする日々を送っていた。したがって船に乗り込む準備や後片付けの期間、また海がしけた時以外は、番屋で寝泊まりすることはなかったようである。

一方、船主は大漁に次ぐ大漁で財を為して、ニシン御殿や別邸を造り、「ニシン大尽」と呼ばれる程の大名暮らしをしていた 人物もいたようである。その代表的な一つが、小樽で国の登録有形文化財として残されている青山船主家のニシン御殿や別邸である。それにしてもそうした船主の子孫は今どのような暮らしをしておられるのだろうか?  家運隆盛3代まで言われているだけに、人ごとながら気になるところである。
 

風力発電の先陣を切った北海道

鬼鹿海岸からさらに進んで苫前町(とままえちょう)に入ると、右手の高台の牧草地にはたくさんの風車が見えて来た。この風車はすでに10年以上前から建てられており、北海道で最初に北海道電力に電力を売ることになった風力発電用設備の一つである。

当時の町長が自然発電に関心を持っており、北海道電力の送電線が近くを走るという絶好なアクセスに恵まれていたと言うこともあり、稚内市と共に自治体が発電した電力を電力会社に売るという先駆者的役割を果たすところとなったようである。

北海道ではこれから北に向かう道中や最果ての地・稚内や宗谷岬にもたくさんの風車が建っており、北西 沿岸一帯は我が国で最も多くの自然発電を行っている地の一つである。現在、定山渓では地熱発電を行う計画が進められ ており、また、帯広方面ではソフトバンクの孫社長が巨大な太陽光発電(メガソーラ)を計画しているようなので、北海道ならではの自然を活かしたエコ発電が大々的に行われることになりそうである。

そうした計画が本格的に進んだら泊原発の原子力発電に頼らなくても済むようになるだけに、一日も早い実現が望まれるところである 《 次回へ続く 》


 



 


鬼鹿町の海岸のアーチの
横には、北海道の名付け
である探索家の松浦武
四郎
の像が建っている
 

松浦武四郎
の像

かってのニシン漁業
の栄華を今に伝える
「花田番屋」


番屋の中に入ると
土間があり、左が
花田船主の居住区、
右側がヤン衆の食事処
兼就寝用の大
広間
 

 



 


広大な広間には大
人数の漁夫を収容
するための工夫が
こらされている
 


大広間には4
つの
大きな囲炉裏
(いろり)がある
 

大広間の周囲には
さらに2段の高台
があり、就寝の場
となっている

花田船主の部屋

 



 

立派な仏壇の横
には大きな金庫
も置かれている

この写真を見ると、
大漁が続いたニシ
ン漁の姿が目に浮
かぶ


苫前町内の広大な町営牧場内
は、 風力発電事業の風車が
立ち並び、牧場経営環境にや
さしい
発電との両立を目指して
なお、苫前町内には、3
つの風力発電所が
造られている
 

苫前町
風力発電
の風車


 


 

 

 

 


 

 

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