ラ・ベンタ遺跡の盛り土の中から世界的にも希な4個の巨石人頭像が発見され、公園内に展示されている。発見された人頭像の数はサン・ロレンソ遺跡のものなどを含めると、全部で17個にもなる。
それらは、なんと100キロも離れた山からジャングルを運ばれてきた玄武岩で彫られている。最大なものは、高さは2.7メートル重さは50トンを越している。我々はインカ、エジプトに次いで、ここでもまた巨石運搬の謎に出くわすことになる。
顔形から、彫られた人物はそれぞれ別人と思われるが、全ての像に共通している特徴は、四角張った顔、大きな目、押しつぶされた鼻、厚い唇などであるが、さらに奇妙なことに、頭部にはアメリカン・フットボールの選手がつけるようなヘルメットをかぶっている。
これらの人頭像は、一般的には支配者の肖像といわれているが、この人頭像を見た人は、誰でもアフリカ系ニグロイドを思い浮かべるに違いない。だとすると、オルメカ文明の支配者はマヤ族などのモンゴロイド系先住民とまったく異なる人種であったということになってくる。
しかし、同じ遺跡から発見された神官や王の像は、モンゴロイド系の顔をしており、ニグロイド系の人々とは明らかに異なっている。この二つの矛盾した事実を解き明かすには一つの考え方しかないように思われる。
それは、人頭像はオルメカ文明の遺産ではなく、彼らの文明より遙かに古い「先史文明の遺物」だったとする考え方である。つまり、オルメカ人は人頭像の製作者ではなく、継承者に過ぎなかったわけである。
後代のアステカ人たちが、自分たちの文明に先立つマヤ・オルメカ文明の遺物を、古い時代の神聖な遺産としてピラミッドや王墓の中に残したのと同じように、オルメカ民族も、彼らの文明が始まった時には既に、過去の文明の面影を残す遺物となっていたニグロの人頭像を、遠い祖先の残した偉大な遺産として丁重に埋葬したことは、十分に考えられることである。
我々はペルー探索の折り、「天野博物館」でアフリカ人やヨーロッパ人の特徴を鮮明に表した様々な人型土器を見て驚かされたが、これらの土器の存在とあわせて考えると、我々の想像を遙かに超えた、驚愕すべき「先史文明」の存在が現実味を持って迫ってくる。
記憶喪失者が過去の自分と深い関わりがあったものに接すると、何故か分からぬままに強く心を揺さぶられるというが、我々も歴史の彼方に去ってしまって、記憶からすっかり消えてしまった遠い先祖の遺産に出くわすと、遙かな過去への追憶の念に胸が締めつけられるような衝動に駆られる。
これは人類が集団的記憶喪失症候群にかかってしまっているからではなかろうか。きっと脳の深いところには遠い過去の記憶が鮮明に残されているに違いない。
あご髭を持ったアンクル・サムやニグロイド系の巨石人頭像を眺めながら、私は、インカやマヤ・オルメク、さらに古代エジプトの歴史より遙かに古い先史文明の存在を強く感じていた。