マヤ・オルメカ探索の旅 B


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オルメカ文明発祥の地

オルメカ文明の発祥の地であるメキシコ湾岸のベラクルス州やタバスコ州にかけては、「サン・ロレンソ」や「トレス・サポテス」「ラ・ベンタ」といったオルメカ文明の有名な遺跡が点在してる。その中にあって「蛇の聖地」と呼ばれるオルメカ文明発祥の地 「コアツァコアルコス」は、近くに油田が発見されたために、メジャーによる石油発掘によって破壊され、今は跡形もなくなってしまっている。

実はラ・ベンタ遺跡にも、同様な事態が起きようとしていた。しかし、地元の歴史家カルロス・カマラの強い抵抗と政治家へのねばり強い働きかけによって 、幸いにもラ・ベンタは石油発掘者の毒牙から逃れ、現在も遺跡は保護されている。

そのお陰で、巨石頭像をはじめ50のオルメクの記念碑的彫像がアメリカ人の考古学者マシュー・スターリングらによって発掘され、現在その多くが、ビジャ・エルモッサの郊外にある「ラ・ベンタ屋外博物館」に保管されている。我々はそこで、メソアメリカ最古の文明の貴重な発掘品を見学できるようになっている。

私が最初にラ・ベンタ遺跡を訪ねたのは2000年の10月、遺跡はビジャ・エルモッサから80キロほど離れているが、屋外博物館は空港からわずか15分ほどの距離で、バスはあっという間に到着した。

この地方は、河川や沼、池が多いためか蚊が多く、公園内の探索には蚊よけ対策が必需である。薄い上着だとその上からも刺され ることがあるので、体中まんべんなく虫除けスプレーを吹きつけてバスを降りた。そこでカマラやスターリングといった偉大な先人たちの努力で残された、オルメカ文明のまさに驚愕すべき遺物を目の当たりにすることになる。

アンクル・サム

 


 

 
 


巨大な石版に彫られた二人の人物

 

1940年代にラ・ベンタを発掘したアメリカの考古学者マシュー・スターリングが発見した遺物の中で最も驚くべきものが、上の写真の石版である。

巨大な岩を使った石版は高さが4.2メートル、幅2.1メートル、厚みが91センチもあり、そこには数体の人物像が浮き彫りにされていたようであるが、現在では、下側に彫られた2人の人物しかはっきりと確認できない 。

そこには、背が高く、ロープに身を包み、つま先が上を向いたかかとの高い靴を履いた二人の人物が対面している姿が描かれている。向かって右側の上半身が無傷のまま残されている人物は、鈎型の高い鼻を持ち、長い豊かなあご髭をはやし、目は慈悲深さを漂わせ、大きな飾りの着いた帽子をかぶっている。

この謎の人物像は、スターリングをはじめとする欧米の考古学者にとっても、ヨーロッパ系の白人としか見えなかったらしく、「アンクル・サム」と命名している。 どうやらこの人物は櫓(ろ)をこがなくても走ることが出来た船に乗ってメキシコ湾の「蛇の聖地」(コアツァコアルコス)にやって来たあと、およそ10年間その地に留まって、人々に様々なことを教えたと言われている神人「ケツァルコアトル」ではないかと思われる。

左側のもう一人の人物は顔かたちは見えにくいが、体には二段のベルト状の帯を巻き、右手には鉄砲のように見える武器らしきものを持っている。この男は、武力によって先住民を統治をしようとしたケツァルコアトルと敵対関係にあった人物像 のように思われる。

いずれにしろ、堅固な防御柵に囲まれた聖地に建てられた、巨大な石碑に刻まれていたことを考えると、二人の人物がオルメカ民族の歴史に関わった重要人物であった事は確かなようだ。


 

巨大「人頭像」と「空を眺める黒人像」

 

 
 


「オルメカヘッド」と呼ばれる巨石人頭像

 
 

 
 


空を眺めるニグロイド系黒人像

 


ラ・ベンタ遺跡の盛り土の中から世界的にも希な4個の巨石人頭像が発見され、公園内に展示されている。発見された人頭像の数はサン・ロレンソ遺跡のものなどを含めると、全部で17個 に達している。

それらは、なんと100キロも離れた山からジャングルを運ばれてきた玄武岩で彫られている。最大なものは、高さは2.7メートル重さは20トンを越している。 先住民たちはこれだけの巨石をどうやって運んできたのだろうか? 我々はインカ、エジプトに次いで、ここでもまた巨石運搬の謎に出くわすことになる。

人頭像の容姿にも謎が残されている。彫られた人物はそれぞれ別人と思われるが、全ての像に共通している特徴は、四角張った顔、大きな目、押しつぶされた鼻、厚い唇 などである。さらに奇妙なことに、頭部にはアメリカン・フットボールの選手がつけるようなヘルメットが着用されている。

これらの人頭像は、一般的には支配者の肖像といわれているが、この人頭像を見た人は、誰でもアフリカ系ニグロイドを思い浮かべるに違いない。だとすると、オルメカ文明の支配者はマヤ族などのモンゴロイド系先住民とまったく異なる人種であったということになってくる。

しかし、同じ遺跡から発見された神官や王の像は、モンゴロイド系の顔をしており、ニグロイド系の人々とは明らかに異なっている。この二つの矛盾した事実を解き明かすには一つの考え方しかないように思われる。

それは、人頭像はオルメカ文明の遺産ではなく、彼らの文明より遙かに古い「先史文明の遺物」だったとする考え方である。つまり、オルメカ人は人頭像の製作者ではなく、 黒人の文明の滅亡後にこの地にやってきた民族に過ぎなかったというわけである。

後代のアステカ人たちが、自分たちの文明に先立つマヤ・オルメカ文明の遺物を、古い時代の神聖な遺産としてピラミッドや王墓の中に残したのと同じように、オルメカ民族も、彼らの文明が始まった時には既に、過去の文明の面影を残す遺物となっていたニグロの人頭像を、遠い祖先の残した偉大な遺産として丁重に祭儀場の中に奉納した のではないかと思われる。

こうした事実が、私の先史文明存在説の重要な証となっている。

 

 

徳乃蔵ニュース

「ひでぼ〜天使の詩」の読者へ。

明日3月30日(日)は、ひでぼーの命日です。徳乃蔵カフェルームで、音楽家・横山マリアさんの新曲「八ヶ岳 MUJICA」をバックミュージックにして、「天使の詩」の朗読会を開催することになりました。時間はひでぼ〜が天界に帰られた時間にあわせて11時から約1時間ほどを予定しております。参加費は無料です。

ご参加を希望される方は徳乃蔵(0551−36−5080)までご連絡下さい。なお席数に限りがありますので、満席の時はご容赦下さい。

 



















 

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